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  • 鳥羽城跡

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    鳥羽城跡
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    鳥羽城跡

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  • 鳥羽
  • 名所・旧跡
住所 鳥羽3丁目
アクセス 鳥羽駅から徒歩約10分

九鬼嘉隆が文禄3年(1594)に築城し、その後は九鬼水軍の本拠地となっていた。大手門が海側に突出して造られるという全国でも珍しい形をしていて、この大手波戸水門が出入り口となっていた。
現在はニの丸跡に小学校が建てられ、面影のみが残されている。

鳥羽は中世には泊と呼ばれ、志摩地域の海上交通の要衝であった。南北朝時代には、志摩国守護代の城が築かれており、泊を姓とした氏族の存在も確認されている。戦国末期には、九鬼水軍で名高い九鬼嘉隆が頭角を現し、北畠氏の被官を経て織田信長に仕え、当地を領有するようになった。
この城は、九鬼嘉隆が文禄年間(1592~1596)に築いた城で、寛永10年(1633)に内藤忠重が入封した後、二の丸・三の丸を増設し、近代城郭としての体裁を整えた。一般に海城は、海を防御のために利用するのにたいし、この城は、建物の正門である大手門を海に開く独特なもので「浮城」とも呼ばれ、全国的にも類を見ない、まさに水軍の城としてその威容を誇った。
明治以後、建物は取り壊され、蓮池の堀は埋め立てられて錦町ができ、二の丸付近には造船所が作られた。昭和37年前後には、家老屋敷跡に市役所や鳥羽幼稚園が建設され、三の丸への石段も新しいものにかえられた。